いつか必ず訪れる「死」。そこまで含めて考えるのが、自分の人生を生きる、ということなのかもしれない。読書メモ375-『母ちゃんのフラフープ』

読書

田村淳さんの
『母ちゃんのフラフープ』を読みました。

母ちゃんのフラフープ
どの家族のお別れも、世界に一つだけの物語。親が死ぬのはずっと先のことだと思っていた。だけどその日は容赦なく訪れる。そのとき、どんなお別れができるだろう?僕は、この世から心のこりをなくしたい。―この物語が、あなたの「その日」への覚悟と優しさをもたらすだろう。

田村亮さんとの「ロンドンブーツ1号2号」など、
タレントとして大活躍する、
著者の田村淳さん。

2021年3月に卒業した慶応義塾大学大学院では、
「死」について学び、遺書を動画にする
サービスをリリースしました。

7月9日予定の朝渋の著者イベントで
登壇されるとのことで、
その登壇を前に予読しました。

歩んできた人生、家族とのこと

2020年8月。

がんで闘病するお母さんを亡くした著者。
著者ご本人も、ご家族も、
まだ生きていてほしい想いを持ちながらも、
お母さん本人の希望のもと旅立ったとのこと。

田村淳さんが歩んできた人生と、
人生の中で大切な存在であった「家族」
そして必ず向き合う問題である「死」を
綴った一冊です。

本書の章構成

第 1章 母ちゃんと、彦島と、無謀な夢と
第 2章 上京物語―もう故郷には戻らない
第 3章 あなたの子どもでよかった
最終章 母ちゃんのフラフープ

読書中のツイート

いつか訪れる「死」。そこまで含めて考えるのが「生きる」ことなのかも

私たち人間にとって、必ず訪れるもの。
それは「死」であり、誰一人として
避けることはできないものです。

しかしながら、日常を生きていく中で
慌ただしさなどからつい目をそらしてしまいがち。

特に、関係の近い人に対してほど
それが顕著となり、本人の考えを無視した
「こうあってほしい」の罠に陥り、
「どんな状態でも長く生きてきてほしい」と
踏み込んでしまうこともあり、
そうなると本人の人生が尊重されているとは
いえないのではないでしょうか。

本書では、著者の歩んできた人生と
本人の人格形成に大きく寄与した
家族との物語がわかりやすく綴られており、
前半部分では物事に向き合う上での
心構えなど、学びがありました。

後半部分では、お母さんの闘病から旅立ち。
そして、日々考えていることや想いを
伝えていくこと。共有して尊重することの
大切さに改めて気づかされます。

自分の人生を、自分のものとして。
自分で選んで生きていくということは、
最後に迎える「死」までを含めて
考えていくことなのかもしれませんね。

私も、自分の人生は自分で選んで
生きていきたいと思っていますが、
ここまでは考えていませんでした。

改めて、どう生きて、どう「死」を迎えるか。
日々、考えていることや思うこと。
ことばにして残して伝えることを
続けていきたいと思います。

遺書も、数年前に孤独死の問題について
考えていた頃に書こうと思っていながらも
手をつけられなかったので、
これを機に、やってみます。

7月9日、朝渋のイベントで
お話を聴けることを楽しみにしています。

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